人的資本・働き方・教育 / 賃金・生産性
賃金停滞と生産性
長期的な賃金停滞と生産性の伸び悩みが、家計、企業投資、社会保障の持続性に影響している。
名目賃金は上がり始めたが物価に追いつかず、低い労働生産性のもとで実質賃金が伸び悩んでいる。
- いま何が問題か
- 名目賃金は上昇に転じたが、実質賃金は物価に追いつかず低い生産性のもとで伸び悩んでいる。
- なぜ今か
- 物価上昇局面が続き、実質賃金の目減りが家計・消費・人への投資の制約として顕在化している。
- 最大の制約
- 下請け構造と低価格競争のもとで価格転嫁が徹底せず、人への投資(OFF-JT)が欧米比で著しく低い。
- 政策レバー
- 価格転嫁の監視と取引適正化、リスキリング支援・職務給・労働移動の円滑化、最低賃金引き上げ、企業の人材育成・デジタル投資
- 最重要KPI
- 実質賃金が年1%程度上昇する状態の定着、価格転嫁率の引き上げ、労働生産性の国際順位改善。
- 政治的争点
- 賃上げの強制は短期のコスト増・物価上昇・雇用維持と衝突しうる。
課題の定義(扱う/扱わない)
このカードは、長期的な賃金停滞と労働生産性の伸び悩み、そしてその間をつなぐ価格転嫁・人への投資・労働市場改革の問題を扱う。賃金が伸びにくい状態は、生活の余裕を削り、結婚・出産・学び直し・消費・投資の制約になる。企業側でも、人材獲得や新規投資が難しくなる。
個別の業界賃金交渉の詳細や、為替・金融政策そのものの是非は、このカードでは中心的には扱わない。
何が起きているか(データ)
近年は名目賃金が上昇に転じている一方、物価上昇に追いつかず実質賃金は伸び悩んでいる。厚生労働省の毎月勤労統計(令和7年9月分速報)では、名目の現金給与総額が前年同月比で増加した一方、実質賃金は同1.4%減となった。生産性の水準も低い。日本生産性本部「労働生産性の国際比較2025」(2024年データ)によると、日本の時間当たり労働生産性は60.1ドルでOECD加盟38カ国中28位、一人当たりでも主要先進7カ国(G7)で最も低い。
なぜ先送りされてきたか
低価格競争、下請け構造、価格転嫁の難しさ、年功的な賃金制度、労働移動の少なさ、学び直し機会の不足が重なっている。企業の人への投資(OFF-JT)は、内閣官房の資料によると2010〜2014年に対GDP比0.1%程度と、欧米(米国2.08%など)に比べ著しく低い水準にとどまってきた。
よくある誤解
- 誤解: 名目賃金が上がっているのだから家計は楽になっているはず。 事実: 名目賃金は増加しても、物価上昇に追いつかず実質賃金は前年同月比1.4%減(毎月勤労統計 令和7年9月分速報)と目減りしている。
- 誤解: 生産性が低いのは働き方の怠慢の問題だ。 事実: 時間当たり労働生産性はOECD38カ国中28位で、人への投資(OFF-JT、対GDP比0.1%程度)の低さや価格転嫁・取引構造といった仕組みの問題が大きい。
原因構造
低価格競争と下請け構造のもとで価格転嫁が進まず、賃上げの原資が確保されにくい。年功的な賃金制度と労働移動の少なさが、成長分野への人材の再配置を妨げる。人への投資(OFF-JT)が欧米比で著しく低いため、スキルの更新が進まず生産性が上がらない。生産性が上がらないことが再び賃上げの制約となる、という循環が続いている。
誰が、どう困るか(影響)
若年層、非正規雇用者、中小企業労働者、地方の労働者、子育て世帯が大きく影響を受ける。実質賃金の目減りは、生活の余裕を削り、結婚・出産・学び直し・消費・投資の制約となる。
放置するとどうなるか(時間軸)
放置すれば、人的資本投資が細り、国内市場が縮み、企業の競争力と社会保障の担い手が弱くなる。短期的には実質賃金の目減りが消費を抑制し、中長期的には低い生産性が固定化して賃上げ余地がさらに狭まる。
解決の方向性
価格転嫁の監視と取引適正化を徹底し、賃上げの原資を確保する。リスキリング支援・職務給の導入・成長分野への労働移動の円滑化(三位一体の労働市場改革)を進める。企業は人材育成・業務プロセス改善・デジタル投資・評価制度の見直しで生産性を高め、賃上げと再投資の循環をつくる。最低賃金の引き上げと就労インセンティブの設計を組み合わせる。
政策選択肢の比較
主体別アクション
政府
価格転嫁の監視、労働市場改革、職業訓練、税制・社会保障の就労インセンティブ設計を進める。政府は「三位一体の労働市場改革」(リスキリング支援・職務給の導入・成長分野への労働移動の円滑化、2023年)を掲げ、「新しい資本主義」実行計画(2025年改訂版)では、2029年度までに実質賃金が年1%程度上昇する状態を社会通念として定着させること、最低賃金の2020年代全国平均1,500円という目標を示している。これらの実効性をどう確保するかが課題となる。
自治体
地域企業と教育機関をつなぎ、学び直し、就労支援、事業承継支援を進める。
企業
賃上げ、人材育成、業務プロセス改善、価格戦略、デジタル投資、評価制度の見直しを進める。価格転嫁は改善傾向にあり、中小企業庁の調査(2025年3月の価格交渉促進月間フォローアップ調査)では価格転嫁率が52.4%と初めて5割を超えた。一方で、転嫁が十分に進まない取引が残るなど、取引適正化の徹底は引き続き課題となっている。
NPO・地域
地域企業と教育機関・労働者をつなぎ、学び直し・就労支援・事業承継支援の橋渡しを担う。
個人・家庭
スキルの棚卸し、学び直し、職場内の改善提案、副業・転職を含む選択肢の把握を進める。
メディア・研究者
実質賃金・生産性・価格転嫁の動向を継続的に検証し、賃上げと再投資の循環が実際に機能しているかを可視化する。
実行プラン(深掘り)
短期(〜2年)
| 打ち手 | 担い手 | 手段 | 里程標・指標 |
|---|---|---|---|
| 価格交渉促進月間の監視を強化し、転嫁が滞る取引を是正する | 政府(中小企業庁・経済産業省) | 価格交渉促進月間フォローアップ調査・パートナーシップ構築宣言 | 価格転嫁率を52.4%(2025年3月時点)から引き上げ |
| 個人の学び直しを後押しする | 政府・個人 | 教育訓練給付制度(専門実践教育訓練は最大70%支給) | 受講者数の拡大と就職・資格取得への接続 |
| 発注側として適正な価格転嫁を宣言し実行する | 企業(発注側) | パートナーシップ構築宣言 | 宣言企業の増加と二次・三次取引への転嫁の浸透 |
中期(3〜5年)
| 打ち手 | 担い手 | 手段 | 里程標・指標 |
|---|---|---|---|
| 職務給の導入と成長分野への労働移動を円滑化する | 政府・企業 | 三位一体の労働市場改革の指針(2023年) | 実質賃金が年1%程度上昇する状態の定着(2029年度目標) |
| 人への投資を欧米水準に近づける | 企業 | 人材育成・デジタル投資・評価制度の見直し(新しい資本主義実行計画) | OFF-JT(対GDP比0.1%程度)の引き上げ |
| 最低賃金を段階的に引き上げ就労インセンティブと組み合わせる | 政府 | 最低賃金引き上げ(2020年代全国平均1,500円目標) | 全国平均1,500円の達成と中小企業の雇用維持の両立 |
| 地域企業と教育機関をつなぎ学び直し・就労・事業承継を支援する | 自治体・NPO・地域 | 地域の就労支援・事業承継支援 | 地域での労働移動・スキル更新の進展 |
長期(5年〜)
| 打ち手 | 担い手 | 手段 | 里程標・指標 |
|---|---|---|---|
| 生産性向上を賃金と再投資に循環させる仕組みを定着させる | 企業・政府 | 人材育成・業務プロセス改善・デジタル投資 | 時間当たり労働生産性(2024年60.1ドル、OECD28位)の国際順位改善 |
| 賃上げと再投資の循環が機能しているか継続検証する | メディア・研究者 | 実質賃金・生産性・価格転嫁の動向の可視化 | 実質賃金の持続的上昇と循環の定着 |
政策争点
- 賃上げは政府が促すべきか、企業の自律的判断に委ねるべきか。
- 最低賃金1,500円目標は、中小企業の雇用維持とどこで折り合いをつけるべきか。
- 価格転嫁の徹底を、規制・監視で進めるか、取引慣行の自主的改善に任せるか。
- 職務給・労働移動の促進は、雇用の安定とどう両立させるか。
- 人への投資は、企業の負担で進めるか、公的支援(給付・税制)で後押しするか。
反対論・トレードオフ
短期的なコスト増、物価上昇、企業収益、雇用維持とのバランスが論点になる。
失敗のシナリオ(プレモーテム)
対策を打ったうえでも、次のような経路で実質が伴わない失敗があり得る(不作為とは別に、施策が空回りする経路を想定する)。
- 名目目標だけ達成し実質が伴わない失敗があり得る。 名目賃金や最低賃金1,500円という数値は達成しても、価格転嫁が中途半端で物価が上がり続け、実質賃金が伸びない(令和7年9月分速報で実質1.4%減という状態)まま「賃上げは進んだ」と評価が固定される。
- 価格転嫁が「宣言止まり」で末端に届かない失敗があり得る。 パートナーシップ構築宣言や価格交渉促進月間が進み転嫁率が52.4%まで上がっても、二次・三次下請けや小規模事業者の取引には及ばず、原資が現場の賃上げに回らない。
- 制度はできたが現場が動かない失敗があり得る。 三位一体の労働市場改革(リスキリング・職務給・労働移動)の枠組みや教育訓練給付(最大70%)が整っても、企業のOFF-JT投資が対GDP比0.1%程度の低水準のままで、学び直しが職場の生産性改善や賃金に結びつかない。
- 一律施策で地域差・規模差を無視する失敗があり得る。 最低賃金や賃上げ要請を全国一律に強めた結果、価格転嫁力の弱い地方・中小企業でコスト増が雇用維持を圧迫し、賃上げの恩恵より雇用縮小の打撃が上回る。
- 既得権・合意形成で頓挫する失敗があり得る。 職務給導入や成長分野への労働移動が、年功的賃金制度や雇用安定への抵抗で骨抜きになり、人材の再配置が進まず生産性の循環(OECD28位の水準)が改善しないまま固定化する。
KPI
- 実質賃金が年1%程度上昇する状態の定着(新しい資本主義実行計画の目標)。
- 価格転嫁率(2025年3月時点で52.4%)の引き上げ。
- 時間当たり労働生産性(2024年で60.1ドル、OECD28位)の国際順位改善。
- 企業の人への投資(OFF-JT、対GDP比0.1%程度)の引き上げ。
未解決の問い
- 価格転嫁率が5割を超えても、なぜ転嫁が十分に進まない取引が残るのか。
- リスキリング支援は、実際に賃金上昇と生産性向上にどの程度結びついているのか。
- 最低賃金1,500円目標は、地域・業種別の雇用にどのような影響を及ぼすのか。
- OFF-JTを欧米水準に近づけるには、どの主体がどこまで負担すべきか。
すでにある良い事例
- パートナーシップ構築宣言(中小企業庁・経済産業省): 発注側企業が、取引先との共存共栄や適正な価格転嫁などへの取り組みを代表者名で宣言する仕組み。宣言した企業は一部の補助金で加点を受けられるなどの優遇措置がある。
- 教育訓練給付制度(厚生労働省): 個人の学び直しを支援する公的制度。専門実践教育訓練では、受講費用の一部(資格取得や就職などの要件を満たした場合に最大70%)が支給され、IT・専門資格など幅広い分野の講座が対象になっている。
10年後の望ましい状態
生産性向上が賃金と再投資に循環し、働く人が学び続けながら生活の安定と成長を両立できている。
詳細・根拠を見る(出典・関連課題・更新履歴)
主要データ・出典
- 毎月勤労統計調査(令和7年9月分結果速報) — 厚生労働省 (2025) 更新で変動しうる数値 最終確認 2026-06
- 労働生産性の国際比較2025 — 日本生産性本部 (2025) 更新で変動しうる数値 最終確認 2026-06
- 価格交渉促進月間(2025年3月)フォローアップ調査 — 中小企業庁 (2025) 更新で変動しうる数値 最終確認 2026-06
- 三位一体の労働市場改革の指針 — 内閣官房 (2023)
- 新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2025年改訂版 — 内閣官房 (2025)
- パートナーシップ構築宣言 ポータルサイト — 中小企業庁・経済産業省
- 教育訓練給付制度 — 厚生労働省
更新履歴
最終確認日: 2026-06-09 / 次回確認予定: 2026-12
このページを引用
japan-todo「賃金停滞と生産性」最終確認 2026-06-09, https://fladdict.github.io/japan-todo/issues/human-capital/wage-productivity